無縁坂
多分若すぎてなんだろう、その時にはわからない事や言葉、詩がある。
なんとなく、わかったつもりでいることがたくさんある。
昔よく聞いたけど、最近はめったと聞かなくなった曲を近頃よく聞く。
CDショップもなんだか僕らの年代を狙ったようなコーナーがあったりで尚更だ。
その歌手には30年程前に初めて聞いて感動してレコードを買いあさった。
そして聞きまくった。歌詞を見ないで歌うことが出来るほど聞いた。
その曲も当然聞きまくって、いまもギター弾きながら歌うことが出来るはずだ。
当然、歌詞の意味もよくわかっているつもりだった。
数年前、母が突然倒れた。
脳卒中だった。
命に別状はなかったが半身が麻痺してしまった。
その後しばらくして、祖母、母の母が他界した。
立っていることすらままにならない半身麻痺の母を葬式の間、僕は支えていた。
母を失くした悲しみと、ままならぬ自分の身体に対する苛立ちが握った手から伝わってきて辛かった。
そしてさらに数年たった今、この曲を久しぶりに聴いてそんなことを思い出し、
改めて深く理解できた。言葉の上っ面しか理解してなかったんだと気がついた。
おっと、蛇足ですが、なんだかこれを読んでると、とても親孝行のようですが
僕は決して親孝行ではないです。あしからず。

